昔のおはなし
更新日:2025年05月03日 その他コラム
スーラとリヴァール
むかしむかし、フィヨルドの奥深く、氷の山々にかこまれた小さな村に、不思議な道具たちがすむ家がありました。
家といっても、それは北風神ヴァーリの忘れ物とされる巨大な桶でつくられていて、中では人の手にふれることのないまま、古くから使われなくなった日用品たちが、まるで家族のように暮らしていたのです。
その中に、「スーラ」という黄色いスポンジと、「リヴァール」という銀色の洗剤ボトルがいました。
スーラは明るく元気で、いつもピカピカに磨かれることを夢見ていました。
いっぽうリヴァールは、かつて高貴な家庭で使われていた自負があり、ちょっとお高くとまった性格です。
「わたしの泡は特別なのだよ。汚れなど、一滴で十分さ」
「でもリヴァール、わたしがこすらなきゃ、きっと落ちないよ?」
「それはどうかな。君はただの道具。泡こそが真の魔法だよ」
ある日、北の空が紫に染まり、ヴァーリの風が再び村に吹きつけました。
風とともに現れたのは、「ヨルム」と呼ばれる巨大な黒いしぶきの怪物。古い桶の家に突進し、内部はめちゃくちゃになってしまいます。
住人たちは恐れて隅に隠れますが、スーラだけは震える体をこらえて立ち上がりました。
「だめだよ、逃げてちゃ。わたしたちの家が壊れちゃう!」
「無謀だ、スーラ!」とリヴァールが叫びました。「君に何ができるって言うんだ!」
「たしかに、わたし一人じゃ無理。でも、リヴァール。あなたの泡があれば、きっとヨルムを洗い流せる!」
ふたりは一瞬見つめ合いました。そしてリヴァールは、少しためらったのち、スーラに向けてポンと泡をひとしずく。
スーラはその泡をいっぱいに吸い込み、跳ねるようにヨルムの背中に飛び乗りました。
「きえろーっ!!」
泡と力強いこすりの連携で、黒いしぶきはしゅわしゅわと音を立てて消えていきます。
ヨルムは怒り狂い、最後に桶全体を揺るがすようなうなり声を上げて、霧のように姿を消しました。
静まりかえった後、桶の住人たちが拍手と歓声を上げて出てきます。リヴァールも、どこかすまなそうに言いました。
「すまなかった、スーラ。君の勇気と力がなければ、私の泡も意味をなさなかった」
スーラはにっこり笑い、こう答えました。
「わたしたちは、いっしょに使われてこそ、いちばん強いのよ」
それ以来、スポンジと洗剤は決して張り合うことなく、助け合って、誰かの手に届くその日まで、桶の家で仲良く暮らしたそうです。
おわり。